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満州事変 |
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1931年(昭和6年)に中国東北地方(満州)の奉天近郊にある柳条湖において南満州鉄道の線路が爆破されました。関東軍は、これに対して日本権益侵害であると主張し、中国軍に対する軍事行動を開始しました。翌年の1932年初頭までに満州全土をほぼ制圧するにいたりました。これに伴い、「満州国」を建国させました。
この「満州国」建国によって、日本の権益が「満蒙」を独占することとなり、これはワシントン体制の一角が崩されたことを意味しました。当時の日本は、国際連盟の常任理事国でもある上、国策の手段としての戦争を禁止したパリ不戦条約も締結していたので、この国際的立場を欺くかたちとなりました。このときは、国際連盟からの批判はそれほど厳しいものではありませんでしたが、1933年に関東軍が新たに熱河省に侵攻すると、諸外国は日本軍の占領地拡大の動きだとして、国際連盟の態度がとても厳しくなりました。そして、国際連盟は、日本軍の撤退勧告決議をおこないました。
これに対して、日本軍は「満州国」を確保しようとして、常任理事国としての責任を放棄し、国際連盟からの脱却を選択しました。
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| ■ 日中戦争の勃発と長期化へ進む |
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