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日本軍が受けた大打撃 |
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日本の南進戦略は、1942年にシンガポール・ラングーン(ビルマ)・ジャワ島など占領することでひと段落をとげるにいたりました。ここまで日本が来れたのは、連合国側の準備不足、日本の海軍の機動部隊と基地航空隊などの航空兵力を駆使して制空権を確保できたことだと言われています。
しかし、1942年5月のサンゴ海海戦や、6月のミッドウェー海戦によって、日本は開戦以来重要な役割を果たしてきた連合艦隊の機動部隊が大打撃を受け、戦争遂行の主導権を失ってしまいました。
アメリカ軍は、日本軍のニューギニア南岸、オーストラリア方面への侵攻を阻止するために、ガダルカナル島への上陸作戦を行いました。米軍の攻撃に対して、日本は奪回を試みましたが、米軍に制空権・制海権を握られており、日本からの物資調達も困難を極め、投入した兵力3万6000人のうち、2万1000人が戦死、餓死したという状況になりました。このように大損害を受けた日本は、ガダルカナル島からの撤退を余儀なくされ、状況は劣勢へと追いやられていきました。消耗戦になると、国力の格差が露骨になりはじめたのです。
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| ■ 日本軍の後退へ進む |
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