|
|
 |
 |
日清戦争で勝利 |
|
|
一度は跳ね返されたものの、それを教訓として軍備拡張をすすめた日本軍は、二度目の朝鮮半島への進出で清国を占領するほどの強さになっていました。これによって、日本の膨張主義に拍車がかかりました。 |
|
 |
 |
南進か北進か |
|
|
そこで、日清戦争で制圧した朝鮮半島から、明治維新以来の目的であった満州方面への「北進路線」をとるのか、それとも琉球・台湾からの中国福建省方面への「南進路線」をとるのか、という分岐点に差し掛かりました。結果、当初脅威と考えていたロシアとの直接対決路線である「北進路線」を選びました。 |
|
 |
 |
日英同盟 |
|
|
1902年に調印された日英同盟は、日本とイギリスの軍事同盟であると同時に、中国におけるイギリスの権益と朝鮮に対する日本の権益を相互に認め合うという条約でもありました。両国の思惑として、日本は朝鮮に対する優越権を世界の超大国であるイギリスに認めさせること、イギリスは極東におけるロシアとの軍事力を回復して、ロシアをけん制するとともに、日本をロシアとの戦争に向かわせることでロシアの疲弊をも狙っていました。また、日本はイギリスから、軍事的にも経済的にも支援を受けることによってロシアとの戦いを現実のものへと近づけました。 |
|
 |
 |
軍備の拡張 |
|
|
また、軍備の拡張は日清戦争前からもすすめられており、日英同盟によってさらに軍事的強化が図られました。日清戦争で得た潤沢な資金もあり、イギリスの技術支援もあり、軍艦などは世界水準の最新鋭のものを配備することもできました。 |
|
| ■ 日露戦争の勃発へ進む |
|