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日本を中心とした戦争の歴史について紹介しているHPです。
太平洋戦争(第二次世界大戦)・第一次世界大戦・日露戦争・沖縄戦争などについて、初歩的な疑問を持つ方のために、戦争勃発の背景から戦時中、さらには終戦後までを時系列で解説した情報が当サイトの中心となっています。

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日清戦争とは
【日清戦争の勃発】


日本軍、予想以上の健闘で

1894年(明治27年)に、日本は10年以上にもわたる計画と準備を経て、再度朝鮮半島に進出していきました。ロシアの脅威を減少させるためです。そこに立ちはだかる大国、清の鎮圧をはね返そうと、軍拡をすすめていました。その甲斐があって、清の抑圧にも勝り、日本は平壌と黄海での戦闘に勝利しました。この勝利によって、当初の目的であった朝鮮半島からの清国の影響力を排除するという戦争目的を変え、清国にどんどん上陸して領土を占領しはじめました。これによって、戦争の性格は朝鮮をめぐる日中両国の支配権争いから、日本による中国への侵略戦争へと大きく変化しました。

戦争の終結

日本軍による中国本土への侵攻という事態に対して、静観していた欧米諸国は一斉に戦争をやめるように干渉し始めました。それに加えて、朝鮮国内で、日本軍に対して農民が武装して闘争を起こしました。そんな状況で、日本は戦争を続けることが難しくなり、1895年4月17日に下関で講和条約を結ぶことになりました。その結果、朝鮮半島から清国の影響力を排除し、さらに台湾、澎湖諸島、遼東半島を領有して、さらに賠償金を得ることになりました。なお、講和条約は日本側は伊藤博文・陸奥宗光を、清国側は李鴻章によって締結されました。

他国の干渉

日本が得た遼東半島は中国の中心部で、欧米諸国も進出の狙いをつけていました。それを日本が権益を先取りしたために、欧米諸国はそれを容認しようとせず、ロシア・フランス・ドイツの3国が、日本に清国への返還を迫りました。(これを「三国干渉)といいます)日本はこの圧力を前に、要求を全面的に認めて、その代わりとして賠償金を増額させました。


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